アメリカに留学して1ヶ月で得た大きな学びは、時間は有限であると言うことかもしれない

Life Hacks

アメリカに留学して1ヶ月経ちました。

得た学びの中で一番大きかったのは、時間が有限だということ。

8時に起きて、9時40分まで、教授の部屋でわからない所の質問をする。9時40分から12時までは授業。12時から13時までに昼飯。13時から友達と喋ったりして14時。14時から17時半まで勉強。17時半から30分間で学食をお弁当箱に詰めて持ち帰る。18時から19時まで日本語のTAとして働いた後、19時から23時まで自分の勉強をTAに見てもらう。23時に寮に戻って、24時までに宿題をやる。

こんな感じで、みっちりスケジュールが入っているので、時間が足りなくなります。勉強も進み具合が悪いと、バックアップのための時間があまりないので、自由時間を削るか、睡眠を削るか、後回しにして土日に詰め込むか。どれもあまり胃によくありません。

比べてみたら、日本にいた頃は、ここまでタイトに詰め込んでいなかったと思う。帰宅する電車に乗るのがだいたい18時で、19時半くらいに勉強を始めればいいか。ちょっと電車に乗るのが遅れたり、疲れていたら20時から始めようかな、くらいのざっくりしたスケジュール。「電車を一本逃したから」「牛丼屋に寄った」「先生にちょっと質問してた」「ゆっくり歩いて帰りたかった」なんて、勉強時間が短くなった言い訳はいくらでも作れたんです。

でも、アメリカの大学で、授業と寮と図書館の往復運動に、勉強時間が短くなった言い訳など存在しません。電車には乗らない。牛丼屋はない。先生に質問する時間は別に取ってあるので言い訳として存在しない。ゆっくり歩いても、部屋と教室は5分とかからない。

アメリカの大学で、持っていたはずの24時間が勝手に短くなることは無いんです。短くなる理由は一つだけ。怠けたとき。怠けたときです。言い訳を作ることができない環境なので、自分の失態がまっすぐ跳ね返ってくるんですね。

これまでは、言い訳、言い訳で時間をないがしろにしていたから、時間は全ての人に平等で24時間しかないんだよ、と言い聞かされて育ってきたけれど、正直その意味もあまりわかっていなかった。高校生のときは、24時間というのはとてつもなく長い時間のように思えたし、どんな風に一日を過ごしても、それはただの一日として過ぎ去っていった。でも、アメリカの大学に通うようになった今は24時間が25時間になることもなければ、23時間になることも無いということを実感として知っている。

経済の授業で、Factor of Production【生産要素】は、Land【土地】, Labor【労働】, Capital【資本】の三つにざっくり分類できるよ、という話を習った。Land, Labor, Capitalを自分個人に置き換えてみたときに、どれもしっかり有効活用できているだろうか?どれもフルで活用しているときに、経済は効率的であるという。もし自分のもつ24時間をフルで活用していないのならば、効率的になる余地がまだあるのだ。そして、活用していない部分の時間を、今日から活用し始めるのにかかるコストは0である。失うものは何も無いのである。

そうして、24時間をマックス有効活用するようになってから初めて、この時間の使い方は正しいのだろうか、と問えば良い。例えれば、もしかしたら、勉強を何時間もするのではなく、スタートアップの勉強をする方が、長期的にみて有益かもしれない。しかし、この質問は、24時間を有効活用する、時間に無駄の無い人に取って、初めて意味があるのです。

ということで、このブログを書いているのも、24時間のうちの数十分間を削っているわけですが、この拙文もぐうたら寝ているよりは有効活用された時間だということです。自分への訓戒も含めて、記事を書いてみました。アメリカの大学で学んだことの、一つの側面をご紹介しました。読んでいただいてありがとうございます。興味を持っていただけて幸いです。

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