The Old Man and the Sea『老人と海』の登場人物

この記事は『老人と海』のネタバレを含みます。
 

The ultimate measure of a man is not where he stands in moments of comfort and convenience, but where he stands at times of challenge and controversy. – Martin Luther King, Jr.

Characterisation. 登場人物の造形は、単にそのcharacterが優しいとか冷たいとか性格的なことだけでない。その人物が置かれる場所・状況・地位などで、その人物の行動の重みが変わってくる。

登場人物

  • Santiago (サンチャゴ)

『老人と海』の中で「老人」にあたる人物がSantiagoである。『老人と海』は、”He was an old man who fished alone in a skiff in the Gulf Stream and he had gone eighty-four days now without taking a fish.”(p.9)という一文から始まるが、これはいかにもこのSantiagoのことを指している。

 

ピンク牛
ピンク牛

ふつーに釣りに行って1匹も釣れない、っていう日×84って考えると、奇跡的に釣れてないね、逆に珍しいんじゃない

また、”The brown blotches of the benevolent skin cancer the sun brings from its reflection on the tropic sea were on his cheeks.”(p.9-10)という言葉に寒気を感じる読者もいるかもしれない。顔というふと目につく部分に、皮膚ガンがあるということで、村の人たちは、老人を目にするたびに死を連想するだろう。

老人はその逆境にあっても漁に出続ける。”Everything about him was old except his eyes and they were the same color as the sea and were cheerful and undefeated”(p.10)とあることからも、体が老いてはいても、心はまだ漁に出たがっているし、自分が不幸だという意識がないのだ。

また、村人たちから見れば老人は「死」の体現そのものだが、反対に、この海の色の老人の目は、村の漁師たちこそ、海を「生きた」ものとして扱っていないことを見抜いている。”Those who had caught sharks had taken them to the shark factory on the other side of the cove where they were hoisted on a block and tackle, their livers removed, their fins cut off and their hides skinned out and their flesh cut into strips for salting.”(p.11)と、サメ工場について言及されているが、クレーンなどで吊り上げたり、肝臓を取り出したり、しまいには体を細かく切り刻んで塩漬けにする一面は、「海」を利潤という観点からしか見ない人間の営みが描写されている。”Some of the younger fishermen, those who used buoys as floats for their lines and had motorboats, bought when the shark livers had brought much money, spoke of her as el mar which is masculine.”(p. 29-30)と、海で得た利益で、海を征服しようとする人間たちは、海を”masculine”「男性的なもの」とし、自然を人間の支配下に置こうとする人々である。Santiagoは、人間による自然の征服をもって人間性の証を得ようとするこれらの人々を「間違ったもの」だと感じていることがわかる。そして、本当の人間性の証は、この小説の中で、Santiagoが証明してくれる。

その他のCharacterisationの要素として、老人は寡男(やもめ)であることが言える。”Once there had been a tinted photograph of his wife on the wall but he had taken it down because it made him too lonely to see it and it was on the shelf in the corner under his clean shirt.”(p.16)とある。これは一つに、老人の「死」に対する感覚についての描写のためである。老人が「死」から目を背ける理由は、そこにある離別の悲しみにあるということが明確化されている。二つ目に、Hemingwayは、ヒーロー像には”simplicity”を求めていたからだという理由が、”The Avoidance of Complexity in The Old Man and the Sea”(summit.sfu.ca/system/files/iritems1/2986/b11334745.pdf)という論文で提唱されている。この論文の著者、Raymond Henry Pennerによると、Hemingwayは性欲から切り離された者こそヒーロー像にふさわしいと考えていたらしく、『老人と海』では、老人が老いていること、妻と死別していることが、老人をヒーローの条件に叶うものとしているそうだ。そのように捉えると、”He no longer dreamed of storms, nor of women, nor of great occurrences, nor of great fish, nor fights, nor contests of strength, nor of his wife.”(p.25)と、年老いた寡男であることが強調されているのはヒーロー像の形成の為だとも考えられるだろう。これに関しては、様々な試論が存在している。

 

  • Manolin (マノーリン)

サンチャゴの弟子にあたる少年。Manolinは小さい頃から老人と漁に出て、魚の取り方を教わった。この少年は老人を敬愛しており、魚の餌を手に入れてきたり、ご飯を届けたりと、老人の面倒を進んで見ている。

老人が、他の漁師から笑われたり憐れまれたり(“many of the fishermen made fun of the old man and he was not angry. Others, of the older fishermen, looked at him and were sad.” (p.11))する中で、Manolinのみは”There are many good fishermen and some great ones. But there is only you.”(p.23)と、老人のことを信じ続ける存在である。

また、老人が海上で孤独を感じた時に、頻繁に思い出される人物でもあり、ひとつに少年は老人がカジキマグロを釣り上げる理由でもある。

 

  • La Mar (海)

老人は、海のことを”La Mar”と呼んでいる。”He always thought of the sea as la mar which is what people call her in Spanish when they love her.”(p.29)とある。またタイトルに、『老人と海』とつくのには、様々な理由が考えられる。

 

  • Marlin (カジキマグロ)

これまでに類を見ないほど大きなカジキマグロで、その体長は”eighteen feet from nose to tail”(p.122)だと計測された(18フィートは約5.5メートル)。

 

  • Pedrico (ペドリコ)

魚のためのわなを作る漁師。彼から新聞をもらっていたSantiagoは、物語の終盤では、そのお返しに、釣り上げたカジキマグロのあたまをプレゼントする。あたまはわなに使われる。

  • Martin (マーティン)

海の近くにあるカフェのオーナーで、漁師たちのための食べ物を用意している。食べるものが無くなった老人に、”Black beans and rice, fried bananas, and some stew”(p.19)を提供し続けてくれていた。

 

追記

なお、海やカジキマグロを「登場人物」としていいのかという議論があるだろう。実際、LitChartは「カジキマグロ」を登場人物としていないのに対し、SparkNotesは「カジキマグロ」を登場人物として紹介している。

これは単純に考えて、各サイトにおける「登場人物」の定義が違うからであろう。そこで、ウシブログにおける、「登場人物」の定義と説明をここに記す。

登場人物は、物語の中で、主体をもったキャラクターのことであり、物語を前に進めるという文学的役割を担う。

※海やカジキマグロは「人物」ではないが、物語の中で、「主体をもっている」ように描かれている他、物語を前に進めるための大きな役割が与えられているため、登場人物に含める。同時に、海を何かの概念として捉えることで、並行して象徴として扱うことも勿論可能である。

※※反対に、Joe DiMaggio(ジョー・ディマジオ、アメリカの野球選手)は、主人公Santiagoが回想する人物であり、文面には登場するものの、彼は物語の中で主体を持っておらず、物語を前に進めたりする役割も無いため、登場人物には含めない。

※※※Joe DiMaggioは、Santiagoにとっての「理想」の象徴である。DiMaggioが言及されるとき、それは「野球選手」としてではなく、「Santiagoが理想とする価値観や生き様」といった概念的な意味合いとして言及されている。このように、JoeDiMaggioの文学的効果を考えるとき、彼は「登場人物」ではなく「象徴」であると考える方が適切であると判断できる。

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